法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『人くい鬼モーリス』松尾由実著

別荘地を舞台に「人くい鬼」が登場する、子供向けのジュブナイルミステリ。


人の死体から魂を栄養にして肉体を消滅させる、ゆえに「人食い」ではなく「人くい」。自らの手で人を殺すことはなく、ただ死体が転がるのを待つだけ。鬼は奇怪な姿に悲しげな表情を浮かべ、海外の絵本に出てくる奇妙なかいぶつとそっくり。その絵本を引用してつけられた名前が「モーリス」。
子供にしか姿は見えないが、いつから見えなくなるかは人それぞれ。
舞台となる別荘地の森に住んでいるが、少女の手で納屋に入ったりもする。いつから住んでいるのか、言葉がしゃべられるのか、そうしたことは誰にもわからない。
その別荘地に主人公の女子高生がつき、様々な人が集まり、嵐により周囲から隔絶された時、惨劇が始まる……


架空の「人くい鬼」が登場しても、行動ルールは最初に提示されており、情報が不完全な部分も解決編までには手がかりが提示され、論理的なミステリとして瑕疵はない。
「人くい鬼」の存在が事件に関わる程度もほどよい。子供時代に別荘地で「人くい鬼」を目撃した大人もおり、その者が持つ誤情報で推理や事件が乱されていく。
トリックは子供向けなので見当をつけやすく、先例も多々あるが、手がかりが発見されて真相が開示されるとともに真犯人が特定される流れは自然だ。何より、それぞれの事件における動機解明が素晴らしい。一見して人を殺すほどの動機が見つからない中、それぞれの行動に必然性が隠されている。その動機の真相は、子供から大人への成長を描く本筋の説得力も上げる。
もちろん多くの大人は「人くい鬼」の存在を知らず、見えることもなく、話を聞いても信用しないので、「人くい鬼」が見えて知識も持っている主人公とは異なる観点から推理を行う。ただし残念ながら推理合戦の妙味は薄く、「人くい鬼」の存在を理解しない周囲をどのようにして真実へ導くか四苦八苦する様子が見所か。


「人くい鬼」の設定からわかるように、物語の本筋は、子供から大人へ成長することについて。そして子供を育てる大人のありかたを探ることについて。それらの描写も、痛みを感じつつ前向きに処理されていて、ジュブナイルとして満足いく内容だった。
本筋とは別に、オタクの高校生や、負けず嫌いのアニメ監督の描写も楽しい。男子向けのアニメばかり作っていた監督が評論家に批判され、次作は自然を描くと逆ギレして別荘地で取材するという脇の描写に苦笑い。子供っぽい監督と対比されるように、弟のアニメプロデューサーも登場する。そして作られた映画が『森の妖精トロル』。アニメプロデューサーも鈴木PDを思い出させるし、そういえば宮崎駿監督の兄弟は広告会社に勤めていたはず。