法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ドラえもん30周年スペシャル 決定!心に残るお話30』帰ってきたドラえもん/のび太と星を流すクジラ

有名な中編の再々アニメ化と、TVアニメ30周年企画と、映画宣伝企画の外伝的オリジナル作品を合わせた、2時間スペシャル番組。


まずは「帰ってきたドラえもん」の感想。30周年企画にも選ばれたTVアニメ版、渡辺歩監督の短編映画版、そうした先行する名作をどのように超えてくるか。
まず、コンテが楠葉宏三総監督と三宅綱太郎に別れているためか、原作で「さようならドラえもん」にあたる前半と、原作の「帰ってきたドラえもん」にあたる後半とで、演出の方向性が全く異なる。
前半の演出は、ほとんど原作通り。展開がほとんど同じなため、構図や描写を流用しやすかったのか。しんしんと降る雪をCGで描いたことが目についたくらい。イメージ的な演出は使わない。
比べて後半の演出は、原作と同じ場面でも異なる構図が用いられている。何より、アニメならではの映像表現が多い。飲料型秘密道具「USO800」の説明時、のび太の心象を表現するため、その情景全てが秘密道具の液体に満たされたかのように背景動画で描かれる。秘密道具で雨を降らせた後、むなしく空き地にたたずむ姿を俯瞰から映す構図で、水たまりに空が映っている場面も印象に残った。遠い空が映り込むことで空間の広がりと距離を感じさせ、のび太のむなしさを強調する。
次に物語面を見ていく。
前半で目についた原作からの変更点は、放映時期に合わせて雪の情景に設定したことや*1、走馬灯のように長く過去が回想されること*2。父と子の描写が足されたこと。
深夜にジャイアンが出かけていた理由も、夢遊病を思わせる描写からお使いに変更された。さらに薬物系の秘密道具もリニューアル後に規制されているため、のび太は深夜散歩に際して眠くなくなる薬を使っておらず、本当に全く秘密道具を使わない話になっている。結果的にせよ、秘密道具を使わず独り立ちを目指す主題に合っていた。
対して後半の物語展開は、とにかく変更点が多い。そもそも原作の時点で、本気で最終回として描かれた「さようならドラえもん」に対し、予定外の連載再開だった「帰ってきたドラえもん」とでは、後者の完成度が落ちていることも事実。秘密道具が必要なくなった物語の続編が、あらかじめ残されていた秘密道具を使った結果の再会では、主人公の成長が忘れられた感がある。だから今回、のび太に告げずドラえもんが秘密道具を残した描写となり、使える秘密道具も求めた時の一度だけ一種類だけとなった。
この変更点は短編映画版と同じだが、残された秘密道具の存在を知る時期が異なる。短編映画版では別れた直後で秘密道具に気づいており、一度だけしか使えないことを知りながらドラえもんとの友情を馬鹿にされたことに怒って使用する。原作よりドラえもんへの思いが強調されていたのだ。今回のアニメ化は、馬鹿にされた直後に秘密道具の存在を知り、怒りに任せて使用してむなしさを覚える展開で、復讐のむなしさが強調されている。どちらが良いというわけではないが、今回のドライな感覚は少し原作に近い。
最後に、ドラマとは関わらない細部だが、驚くほど良かった変更点がある。USO800使用後の台詞回しだ。原作ではUSO800使用後、のび太ジャイアン達に秘密道具の効能を説明する。本来それらの台詞もまたUSO800の効果がかかっているはずだから、説明したことが「嘘」にならなくては、つまり逆の現象が起きなくてはおかしい。しかし逆の現象は起きなかった。結末にいたる展開からすれば、嘘と意識しない言葉でも「嘘」にならなければならないのに。この描写ミスは短編映画版でも踏襲してしまっていた。今回のアニメ化は、説明的な台詞を削減しつつ疑問文に変更し*3、つまり「嘘」になりえなくした。ここの処理は物語の細かい違和感を排除する、素晴らしいつじつまあわせだった。


次に「のび太と星を流すクジラ」の感想。「ホシナガスクジラ」という生物が暴れて村や畑に被害を与えるのだが、暴れていた理由は悪徳企業がクジラの子供を密猟していたというだけで、たいしたひねりはない。暴れた痕跡から視聴者を引きつける導入は良かったし、アクション演出も悪くなかったが、見終わった後に残るものはなかった。あくまで子供向けに環境問題を少し考えさせるだけの寓話。
あと、映画後半から活躍する敵キャラクター「ギラーミン」を悪徳企業が呼び寄せるきっかけという形で映画と繋がっているが、宣伝企画以上の面白味はなかったな。


TVアニメ30周年企画の心に残る作品30は、のび太ドラえもんの司会で作品順位を発表する体裁を取っていた。観客席にアニメオリジナルをふくむゲストキャラ達が無数に並んだ壮観さ、作品発表とからめたキャラクターのかけあいがあるのは楽しい。
しかし作品順位は、すでにノミネート作品が相当しぼられていたため、意外性はない。いくつか原作や短編映画の印象で選んでないかと問いたくなる作品もある。アニメとして見て出来が良い作品は下位に並んでいた。
かといって、一位はアニメオリジナル中編だったが、正直にいってノミネート作品の上位に入るとは思わなかった。未来世界を舞台とした刺激の少ない薄味感動路線という点で、良くも悪くもリニューアル前を思い出す出来だった。
一応、楽しんで見られる出来ではあったのだが。
『ドラえもん』誕生日1時間スペシャル「ドラえもんが生まれ変わる日」 - 法華狼の日記

*1:ちなみに短編映画版の季節は、桜の盛りから終わりまでで、今回のアニメ化より少し遅い時期。

*2:リニューアルしてすでにかなりの話数を重ねてきたからこそできた描写だ。

*3:むろん厳密には疑問文とは異なるのだが。