法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ヘタリア』作者の浅さと、読者の責任と

個人サイトで発表されたWEBマンガから商業出版に至り、ついにアニメ化される『ヘタリア』。世界各国各地域の歴史や特徴を擬人化し、ステロタイプなキャラクター同士のやりとりで楽しませようとする作品だ。
ヘタリア *心のそこからヘタレイタリアをマンセーする*
それに対して、韓国から批判が出ていることが報道され、結果としてキッズステーションでのアニメ放映は中止された。


ヘタリア』はおおむねフィクションであることを断っており、現実から大きく誇張された内容がほとんど。国家や民族の特徴を誇張して笑いを取る手法も一般的だ。歴史上の良い側面だけ、あるいは悪い側面だけを強調した物語も多く、またそうでなければ物語は成り立たせにくい。差別的な表現があるだけで全面否定はしたくない。
一方で、韓国側の批判が表現の自由への攻撃というわけでもない。今のところ、キッズステーションでは放映中止するものの、アニメイトTVでのネット配信は行われる予定だ。放送局への直接的な攻撃がされたわけではなく、同時多発テロにより放映延期されたアニメ『フルメタルパニック!』のように、あくまで自主規制されたものだろう。他の自主規制作品と異なり視聴方法が無くなるわけでもなく、政治家が出版社へ乗りこんで恫喝したマンガ『国が燃える』とも異なる。
個人的には、手塚治虫作品や『おカマ白書』の例にならい、差別的な表現があることを注記しつつ、あえて修正は抑えて公開するべきと思う。自主規制は問題の根本から目を背ける行為でしかない。まず批判は正面から受け入れるべきだ。


そう、フィクションは非人道的な内容すら許されるといっても、逆に批判が許されないわけではない。以前にWEBマンガヘタリア』を読んだ時、世界を構築する作業の甘さ、マンガに付記されたコメントから作者の浅さが感じられたのも正直な感想だ。
浅さの一例として、日中関係の歴史を題材としたマンガがある。
http://www.geocities.jp/himaruya/c_n0.htm
後書きに、簡単な作成動機が語られている。
http://www.geocities.jp/himaruya/c_n7.htm

「攻められる時まで中国は日本を弟と思っていたから
攻められてショックでしつこく怨んでる」
っていう話を教えてもらって
ちょっとかわいいなと思ったので漫画にしてみました。

耳にした情報をそのままマンガ化したらしい。
一応、一面的な視点で歴史を切り取ること自体は批判しない。複雑な状況を愚直に提示するだけでは物語にならない。どれほど多面的な視点で描かれた作品であっても、必ず情報は取捨選択されている。フィクションに限らず、ドキュメンタリーも同様で、どれほど客観性を目指しても、主観で世界を切り取った内容にしかならない。虚構の世界観が一面的であることは、読者が最初から念頭に置くべきことだ。
しかし、「しつこく怨んでる」という文章からは、一面的という以前に本心から作者が日中関係史を誤解している印象を受ける。
日清戦争以降でも、中国で革命を起こそうとしている人々が日本へ支援を求めた時期があったり、日本と協力関係にあった軍閥もあり、日中戦争直前まででも蒋介石は日本より国内共産党と戦うことを優先したりしていた。そして日中戦争終結すると、冷戦の前哨として国民党と共産党の勢力争いが優先され、蒋介石は「怨みに徳をもって報いる」と発言し、戦後裁判でも全体的に軽い刑がくだされた。毛沢東も戦後補償すら求めなかった*1。報復感情が薄かったため、南京大虐殺否定論を主張した日本の政治家まで存在する*2
日中関係史をふりかえって、中国政府がわざわざ日本の軍国主義を批判するのは、たいてい日本で戦争を正当化しようとする動きがあった場合だ。むしろ、中国は驚くほど日本へ寛容な態度を取ってきたといえる*3
この後書きでは、続けて書かれている内容にも違和感がある。

ちなみに何で日本君が戦ったかは
詳しくはネットで調べてみてね。切ないよ日本君。゚(゚´Д`゚)゚
そしてすれ違う中国。歴史とは残酷です。

マンガで題材とされた日清戦争は、遅れてきた帝国主義者として権益争いに加担したにすぎない。以降も、第一次世界大戦は欧州の戦争に便乗した火事場泥棒、満州事変から日中戦争までは現地の暴走と内地の追認、他も「切ない」という表現がふさわしいとは考えにくい戦争ばかりだ。逆に、相手へ勝手に理想を託した面は日本にも多々ある。中国が一方的に期待した「すれ違い」ではない。
注意したいのは、後書き部分を読まなければ、中国は「しつこく怨んでる」どころか寛容な印象が残り*4、日本の侵攻も「切ない」印象がないことだ。これは人格を持ったキャラクターを描こうとした結果、過度の偏見が薄まったためと思う。作者の意識を、まれに意図せず作品が超えることもある。


国家が多様な考えを内包することを無視し、一人の人間として擬人化している設定が、前述した歪みの一因と思う。そうして立場や時代区分を無視し、多様性を一つの人格に押し込めた結果、韓国キャラクターは破綻した。
韓国キャラクターの設定を真実だと主張する人々もいるが、歴史の流れを追う能力に欠けているといわざるをえない。
はてなブックマーク - 痛いニュース(ノ∀`):【韓国】 「我が国を侮辱している!」…日本のアニメ『ヘタリア』放送反対運動がネチズンの間で加速

ext3 あー、やっぱ言ってきたか。"アメリカに弱く、何でも韓国が元祖だと主張し、中国と兄弟関係"何もかも合ってるじゃないか 2009/01/13

umiusi45 2ch, アニメ, ネタ, 韓国 「マンガの中で韓国キャラが変態行為をしたり、アメリカに弱く、 何でも韓国が元祖だと主張し、中国と兄弟関係に設定されており、」あまりにも正しいだろう!どうして変態、じゃなかった反対するの? 2009/01/14

まず不可思議なのが、「中国と兄弟関係」という設定だ。大韓民国は分断国家として成立した時から西側諸国であり、日本と同じように米国の影響下にあり、もちろん中華人民共和国とは対立関係にあった。朝鮮戦争は義務教育で習ったはずだ。文化関係で兄弟というなら、やはり日本も同様だ。
さらに韓国は長い間、冷戦の最前線として、米国の意を受けていたが、民主化運動により軍事独裁政権が倒れ*5、歴史の流れとしては米国の影響力は薄まる方向にある。
そして民主化を推し進めた力は、一方で自国優越主義な愛国心に繋がった。後述するが、それが韓国元祖説にいたった一因でもある。
中国の影響、米国の影響、ナショナリズム、それらは歴史の流れで相互に関連しつつも、相反し対立して存在した。対立する2大国の影響下にありつつナショナリズムを公然と口にする異様な性格は、必ずしも実態を反映したものではなく、作者と読者の共犯関係の内にある韓国像にすぎない。


韓国元祖説に対しては、韓国人ブログの評価をno_tenki氏が紹介しているので、孫引きで紹介しておきたい。
下のヘタリア話に補足 : 韓国人、嫌韓を見る

ヘタリアに韓国を卑下する事実無根の主張が込められていると人々は話す。私にこの漫画を擁護するつもりはないが、このような漫画が登場するには私たちの国の中のエセ歴史学が一役買っているということを説明したい。孔子が韓国人だという主張すらあるのだ。たとえば検索するとこんなサイトが見つかる。(中略)

代表的なエセ歴史学のサイトを見てもらった。エセ歴史学の問題点がこれだ。人々を刺激する主張で社会を国粋主義的にし、国家を国際社会の笑いものにさせる。今彼らにとっては、例の漫画も「誤った事実を話していること」が問題ではなく、「自分たちの真実」を笑いものにしていることが問題のはずだ。

ここで批判されている「彼ら」の姿を想像することは難しくない。愛国者を自称する歴史修正主義者の一般的な反応だ。『ヘタリア』の韓国観が批判されたことに対し、フィクションであると釈明するのではなく、「真実」の韓国が描かれていると反論した先述の人々と鏡写しである。日韓併合のおかげで朝鮮半島が近代化されたといった言説とも相似する。
日本でも、フロッピーディスクを日本人が発明したという情報がマスメディアから流れたり、あくまで実験や設計段階だった二宮忠八を世界初動力飛行機発明者と呼び、古史古伝に代表されるように自国起源説を唱える人々もいる。古代日本が独自言語を持っていたと主張するため捏造された「神代文字」に、ハングルを剽窃した文字があったことなど、歴史の皮肉だ。
もちろん、no_tenki氏紹介のブログは、韓国内エセ歴史学を批判する一方で、韓国キャラクター設定を否定する文章をウィキから引いている。*6

これら韓国元祖説の事例として知られる資料の中には俗説として知られていることから一般の韓国人に殆ど知られていないごく限られた主張も含まれており、一般の韓国人は韓国元祖論という用語や概念について知らない場合が殆どである。これらオン/オフラインの様々な断片的な主張、資料を収集し、韓国紀元説という用語を使って整理、使用しはじめたのは、2ちゃんねるを中心とする嫌韓といわれる日本人たちである。

韓国元祖説のところはウィキからの引用だけど、誰が書いたか知らないがボクの学説を真似しないでもらいたい…って学説でも何もないんだけど。

この「一般の韓国人は韓国元祖論という用語や概念について知らない」という見解は、no_tenki氏も語っている*7
結局、自国起源説は「愛国者」が普遍的にとなえる愚行なのだ。そして私見だが、自国起源説は「愛国者」の狭い視野に入ったものを対象としがちなので、まず隣国の反発を引き起こす傾向がある。つまるところ『ヘタリア』の韓国観は、日本の特定一部が隣国の一部に注目し、ネット上で増幅した産物でしかなく、必ずしも韓国の実態を反映しているわけではないのだ。


しかし、欠点も限界もふくめて、フィクションの存在意義かもしれないとも思う。とりあえず、作者や擁護者の歴史観が浮かび上がったことは、記憶する価値がある。
過去の物語作品を見ると、時代を反映した無自覚な差別が描かれていて、興味深さをおぼえることがある。まず一人の読者として、批判するにせよ賞賛するにせよ、自覚的に物語を深く読みこんでいきたい。

*1:念のため、アジアアフリカ諸国に対して広く行っていることからわかるように、ODAは戦後補償と同一ではない。日本にも利益があるから行うことだ。現実に対中ODA円借款であり、中国は利子をつけて滞りなく返済している。

*2:http://homepage.mac.com/biogon_21/iblog/B1604743443/C1534355107/E20060630082741/index.html

*3:ただし中国政府の寛容さは憎悪の連鎖を抑制した一方で、中国国内の被害者を放置したという面もある。いわゆる「反日デモ」では、直接的な政府批判にならない程度に中国政府の統制を離れられる活動として、日本批判が国民から盛り上がった側面もある。

*4:http://www.geocities.jp/himaruya/c_n6.htmでは「嫌い」と口にしつつも、マンガ表現としては本心から嫌っている描写ではないだろう。

*5:世界的に見て、穏やかな民主化がなされたといっていい。

*6:太字強調は原文ママ。no_tenki氏のエントリでは文字色を変えている。

*7:http://notarin.exblog.jp/9408637/