法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『原爆63年目の真実〜あの夏“封印”された昭和史最大のミステリー』

8月3日にテレビ朝日系で放送された、開局50周年記念特別番組。
原爆投下後の長崎で撮影されたフィルム、日本における原爆開発、原爆に関わった米軍飛行士の人生……三つの情報をめぐる逸話から原爆を多面的にとらえ、視聴者に立体的な像を結ばせようとする。
最初に視聴者へ小さな謎かけをし、タレントが各地を移動して証言を集めつつ、再現映像やドラマを通して解明していく。つまりは謎解き形式で興味を引かせる作り。
「封印」というほど隠されてきた情報は少ないが、あまり言及されることのない視点で構成されており、単純な被害と加害の立場から距離を置く。戦争ドキュメンタリーが多く放映される時期にあって、いち早くTVのゴールデンタイムでこれを放映した企画者の感覚は、なかなかのものだ。


最初は、原爆投下後の長崎を米軍が撮影した映像に登場する少女を追う話。「美少女」という煽り文句はともかく、撮影者と被撮影者の関係まで考慮しつつ*1、撮影された状況を調べて再現していく内容が興味深かった。戦争の被害を再現や調査する番組は少なくないが、戦後の占領者と非占領者の邂逅を調査し再現する番組は珍しい。最終的に撮影者と被撮影者の間で一種の信頼関係が見出されるのも*2、奇麗事かもしれないが胸に来るものがあった。
次に、日本における原爆開発を様々な立場で見せていく話。ほとんど主題と関係ないのに「本当の硫黄島からの手紙」と煽ったりした点は、やはり疑問を持つ。しかし原爆の被害を映す番組ばかり並ぶ季節に、原爆の加害を日本も行おうとしていたことへの言及は大切だ。優秀な学者の戦争協力*3、戦前戦中の放射線に対する甘い認識、甘さの背景にある人権軽視、原爆開発でも見られる米国と日本の圧倒的な国力差……日本における原爆開発と関連する情報を広く提示した。
最後に、原爆投下計画に参加しつつも投下直前に戦争が終結した天才飛行士の、奇矯な行動を追う話。戦中には独断で皇居に爆弾を投下し、戦後には自傷的な強盗事件を起こした、クロード・エザリー飛行士の奇妙な半生。中途までは、奇矯な行動の原因を個人的な特異性ゆえと感じさせる。戦前戦後の行動は、奇矯な性格による一貫した態度なのだ、と*4。元女優の妻と離婚したことや同僚の論評も、本人の性格に問題がある印象を補強する。しかし戦後に原爆投下を批判したという情報とは印象が一致しない*5。やがて、原爆開発史で最も悲惨な事例の一つ、あの計画にエザリーが参加していたことが明かされる……情報提示の順序が巧みで、情報が収束する様子には良いミステリを見ているような興奮があった。戦争に興味がある者なりに計画については記憶していたが、固有名詞と全く繋がっていなかったこともある。この加害と被害の立場を一人で背負わざるをえなかった飛行士の姿、原爆を徹底的に批判する過去の映像が、深く印象に残る。


加害者と被害者が互いを直接知ることで生まれた共感、被害の側面ばかり語られてきた国家もまた相手に同じ被害を与えようとしていた過去、加害者になるはずが被害者の立場となることで自傷に向かった悲劇……そして自傷に向かった男も最終的に被害者と共感し、番組は閉じられる。
民放特別番組らしい広く浅い内容かと予想していたが、期待以上に良い番組だった。確かにバラエティ的な煽りが優先する浅さも感じたものの、着眼点の良さによる射程の広さが突出している。
悲惨な状況、注目されてこなかった出来事を中心に見せつつ、未来へ希望を持たせるような視線が全体にあるのも、良かったと思う。

*1:深く踏み込んではいないが、少女の行動にヤラセの可能性を指摘したり、みすぼらしい姿が恥ずかしくて撮影を断ったという老人が登場する。撮影者はもちろん、戦争の惨劇を知ろうとする現代の我々にも問われる問題だ。

*2:それが先進国の傲慢ではないことは、60年も経った遺言ビデオで言及していることで証明されたといっていいだろう。

*3:戦争に学者として協力しなければ、敗色濃厚な時期に兵士として死ぬことが予想されていたという事情も語られる。

*4:実際、真相が判明した後でも、行動の理由として飛行士個人の性格によるところも少なくないだろうとは感じた。

*5:原爆投下計画に参加した兵士で一人だけ原爆に批判的だったかのように番組では描写されていたが、これは誤り。たとえばエノラ・ゲイ副操縦士ロバート・ルイスも原爆投下には批判的な意見を持っていた。