法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

ヘビースモーカーズフォレストの謎

大長編『ドラえもん』三作目『のび太の大魔境』には、今でも読者の間で謎とされている設定がある。衛星写真において常に霧がかかって判別できない地域、それをNASAが名づけてヘビースモーカーズフォレスト。出木杉による翻訳では「煙草好きの森」となる。
あまりに堂々と語られるため、現実に存在する地域かというと、さにあらず。地球のあらゆる場所が探検されつくした現代を舞台として、秘境……それも古典的な冒険小説のそれを設定するための虚構らしいとわかっている*1


虚構となると、完全独自の設定なのか、それとも元ネタがあるのかという疑問がわいてくる。映画やSFに造詣の深い藤子・F・不二雄らしく、先行作品にオマージュをささげた可能性は高い。
そこで同じように現代を舞台とした冒険映画『キングコング』を見てみよう。……人形アニメ特撮の金字塔であるオブライエン版でなければ、あえて古き良き時代に舞台を選んだピータージャクソン版でもない。ファンを落胆させたことで有名なラウランティス版の『キングコング*2だ。
ヘビースモーカーズフォレストとの関係性をうかがわせる描写は、序盤にある。海底油田の調査に向かう船中で、スライド写真により説明される不思議な霧。それは半世紀前から同じ場所に同じようにかかっている。もちろん霧の中には島があると推定され、人間やキングコングが住んでいる。つまり『のび太の大魔境』と同じく、映画公開時間と作中年代を合わせるための小道具である。何しろ霧を分析するために、NASAが撮影した衛星写真まで登場するのだ。
ネタバレになるので細部はひかえるが、巨像を崇拝する現地人、最後の大戦闘といった『のび太の大魔境』における他の描写も『キングコング』の影響を思わせるところがある。


もちろんヘビースモーカーズフォレストは安易な盗用ではない。あくまで無名だった霧に印象的な名前をつけ、発生原因も変えている。
石油由来というマクガフィンに結びついた『キングコング』。地殻変動の多い地形という背景設定と結びついた『のび太の大魔境』。どちらも別々の形で物語の根幹に関わっているので、御都合主義な印象はない。


もちろん、公式に明示されていない以上、上の考えはあくまで一つの与太ではある。
ただし一方で大長編『ドラえもん』には、明らかに『キングコング』へオマージュをささげた作品もある。『のび太の宇宙小戦争』がそれだ。クライマックスの戦闘において、ビルに昇って戦闘機を叩き落とすという状況が踏襲されている。アニメ映画化された際には、描写が足されてオマージュであることが強調されていた。

*1:当時の衛星写真の能力では雲が邪魔して撮影できない地域もあった、という話も聞いたが。

*2:原寸大モデルを使った大作として宣伝されながら、リックベイカーの着ぐるみで特撮のほとんどを構成した。着ぐるみ特撮の精度自体は高いものの、巨大キングコングに予算を取られた状態で安く仕上げなければならなかったらしく、ベイカーにとっても不本意な仕事だったらしい。実際、島や都市のミニチュアセットはかなり狭い印象がある。