東京裁判における判事側内部の議論を中心に。
前日の『NHKスペシャル A級戦犯は何を語ったのか』と対比される、東京裁判の裏面史といったところ。
裁判の表に出てこなかった議論や相克を*1、判事の対立や変化で描いていく。
最初は真面目に感想を書こうと思っていたのだが、純粋に法廷劇として面白すぎた。
各国から送られた個々の判事は濃い人物像を持っていて、中でもオランダのレーリンク判事が非常に面白い。断片的には知っていたが*2、細かい人物像や結論にいたる過程を見れば、単純に一人の人間として魅力的だ。
ほとんどの有力司法関係者がナチスに協力してしまった占領下のオランダ*3で、ナチスに反抗して左遷された経歴を持つため、39歳の若さで東京裁判の判事を担当することになった。東京裁判に向かう当初は、日本人に教え諭してやろうという考えを持っていたという。そして裁判の席では常にパール判事と隣り合わせ。徐々にパール判事から影響を受けていくことになった。
副題にもなっているパール判事は、人物像をうかがわせる来歴や判決理由が語られるのみで、葛藤や心情の変化は語られない。実際、判決文を密室で一人で書き上げ、東京裁判時には日本を見て回っていないことは一部で有名だった*4。実際、東京裁判に参加した時、すでに確固たる思想が形成されていたのだろうと思う。親日家だったために擁護したわけではないことが、番組でも多角的に検証されていた。
対してレーリンク判事は戦後の日本を見て回り、原爆の惨禍に大きな衝撃を受けた発言が紹介されている。この経験からか、オランダに帰国した後に原爆を国際法で禁止する活動まで行っていたという。
レーリンク判事独自の意見書は、共同謀議に疑問をていし、広田元首相を無罪とし*5、逆に現場にいなかった者の責任を問うという内容だった。太平洋戦争で日本の戦犯を裁く場合に、現代の目から見ても感覚的に妥当だと思える*6。
自身で提案した少数意見を公開しないという規則をレーリンク判事は破ろうとし、帰国した後では戦争に関する思索を深めていた。パール判事に共鳴し、裁判後も交流しながらも、その姿は対照的だ。
イギリスのパトリック判事も面白い*7。
宗主国であるイギリスと独立近いインドという関係、それによりインドから判事が送られることになった経緯も紹介されているため、あまり良い印象を持ちにくい作り。
しかし東京裁判を憲章の領域からも否定するというメタな立場にあったパール判事に対し、裁判官は憲章に忠実であるべきという主張は妥当と思えた。パール判事の活動を越権的な行為と考えるのは感覚的に納得できる。
さて、パール判事の人物像は良くも悪くもゆらぎがない。人物の葛藤や成長がドラマであるという考えからすれば、レーリンク判事こそ東京裁判判事団のドラマにおける主人公といえる。
パール判事との関係は警官バディ物*8を思わせるし、心臓病を悪化させながら多数派工作を行うパトリック判事も敵役*9としての貫禄が充分にある。
レーリンク判事がオランダに残した家族の描写をたっぷりとれば、そのままハリウッド法廷劇に使えそうな物語だ。インド人や中国人といった民族的マイノリティにも一定以上の役割があるので、政治的に正しく作ることも難しくないだろう。
いつか、力を入れて映画化したものを見てみたい。ネットを検索すれば、やはり同意見が見つかるのだし*10。敗者視点の映画化は邦画で複数あり、それも必要だと思うが、連合国視点が少ないのはいささかさびしい。
*1:事実、少数意見は存在こそ言及されたものの、内容が裁判の場で語られることはなかった。
*2:http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20070101/p1の共著作等。
*3:被占領国の有力者が占領国に協力する例がここでも。
*4:http://www.geocities.jp/yu77799/palsaikou.html
*5:広田元首相について知らなくても、前日の放映内容を見れば予備知識がつくようになっている。
*6:もちろん、死刑が良かったとは思えない。恩赦がくだった者との差違がひどいだけでなく、靖国神社における神格化のような問題まである。
*7:杓子定規な行動を取るイギリス人、しかも心臓病を患っているというプロフィールはなんとも映画文法的に出来過ぎだ。
*8:2人一組の主人公が、対立や和解をくりかえしながら事件を解決に導いていく形式の物語。最近の日本警察ドラマでは『相棒』が典型的。
*9:けして悪役ではなく、『十二人の怒れる男』において有罪を主張する男のような立ち位置。
*10:http://m2ak.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_ae30.html等