法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

李玉善氏の半生を描いた漫画の日本語訳出版に対して、朝日新聞に全責任を転嫁するコメントがあった

漫画のタイトルは『草』といい、日本語版は新興出版社「ころから」から先月に発売。

その紹介記事が朝日新聞に掲載された。記者は従軍慰安婦問題を継続して追っている北野隆一氏。
元慰安婦の半生描いた漫画、各国語に翻訳 日本でも出版:朝日新聞デジタル

李玉善(イオクソン)さん(92)の語る半生を描いた漫画「草」の日本語版が出版された。韓国語から各国語に翻訳され、480ページに及ぶ大著は「静かで悲痛、息をのむほど印象的」「描写に力がある」と評価され、米英仏各国で新聞社主催の漫画賞を受賞した。

主流メディアが報じたことで注目されたらしく、はてなブックマークも集まっていたが、最初についたコメントに驚かされた*1
[B! 従軍慰安婦] 元慰安婦の半生描いた漫画、各国語に翻訳 日本でも出版:朝日新聞デジタル

b:id:irose 朝日どうすんのこれ/id:kincity &スターズ、かまととぶるのは感心しないな。92年の朝日の記事が発端です/尚91年はゴルビー来日/id:emgp 社会共産の質疑に合わせ色々言ったがゴー宣に「確実にどれかは嘘」て言われた件?

他にも日本軍が主導した国家的な戦時性犯罪に対して、朝日新聞に原因を求めるコメントが複数ある。

b:id:dozo 全部朝日新聞が原因やんけ

b:id:dahlia_osaka 朝日発のラノベか。おぞましいわー。

コメントの表現からして、朝日新聞大日本帝国への翼賛を批判しているわけではないことがわかる。


まず1992年の朝日新聞といえば、軍関与資料のスクープ報道が知られている。もちろん資料の実在性はゆるぎなく認められている。
それがスクープとして重要な位置をしめた一因は、1990年の国会答弁などで、日本政府側が軍関与を完全に否認して調査も拒否していたため。ここでの発端は日本政府だ。
従軍慰安婦の強制連行を狭義にとどめない問題意識は、1990年以前から確実に存在していた - 法華狼の日記

かつて軍関与全体を否定するような主張を政府が行っていたからこそ、1992年の吉見教授による史料発見報道が重大事として受け止められた。

この資料が発見されてからは、日本軍を免罪する立場ですら、強制連行の否認は直接的なものに限定せざるをえなくなっていった。
それとも1992年といえば、スマラン事件の裁判資料をスクープした件だろうか。日本軍が直接的に女性を集めて慰安所におくりこんだ事例として有名だ。
強制連行 自由を奪われた強制性あった:朝日新聞デジタル

インドネシアや中国など日本軍の占領下にあった地域では、兵士が現地の女性を無理やり連行し、慰安婦にしたことを示す供述が、連合軍の戦犯裁判などの資料に記されている。インドネシアでは現地のオランダ人も慰安婦にされた。

これが知られてからは、直接的な強制連行の否認をする動きすら、朝鮮半島に限定せざるをえなくなった。
こうしたスクープをとおして歴史の研究を助けた朝日新聞に対して、irose氏やdozo氏やdahlia_osaka氏は何を求めているのだろうか。

*1:反論対象のコメントが消えているので文脈がよくわからないが、今どき『ゴーマニズム宣言』を自説の根拠としてもちだしたことにも驚かされる。過去を直視できない者は未来へ進むこともできないということか。

『世界まる見え!テレビ特捜部』まさかがいっぱい! 世界のTVで見つけた日本SP

外国のTV番組や映像作品に登場した日本人をピックアップ。台湾ドラマで主題歌も担当した福山雅治の本人カメオ出演や、映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』*1ビートたけし北野武として課長を演じたエピソードなど。
しかし活躍を針小棒大に誇張するばかりではなく、横澤夏子が映画に2秒だけ登場しただけだったり、田村淳などが日本についてのデタラメ情報を流した番組を紹介したり、必ずしも大活躍ばかりではないと注意するつくりだったのが好ましい。
オーディション番組の女性下着をつかったパフォーマンスで実は出演した男性自身が下着をつけていたり、半裸男性の肉体をつかってギリギリ局部を見せないようテーブルクロス引きをおこなったりと、セクシズムの先入観を逆転して、現代的に見やすい笑いを多く紹介したことも参考になった。


最後にGHQのカメラマンが撮影した戦後日本のカラー写真を多数紹介して、2020年オリンピックにつなげるかたちで番組を閉じた。
興味深い過去から現代につなげる構成は美しいが、番組放送時点で東京オリンピックが再び中止になることがほぼ確定したことを思うと、きわめて皮肉だとも思った。この番組自体が時代の変化する境界線をとらえた記録になっている。

『ドラえもん』アパートの木/円ピツで大金持ち

「アパートの木」は、のび太ジャイアンたちの相撲遊びが、室内だったため玉子にしかられてしまう。そこでドラえもんは初めてつかう秘密道具を出して、説明書を見ながらアパートごっこをはじめるが……
2012年にアニメ化*1された初期原作のリメイク。脚本は福島直浩で、コンテは鈴木大司。
清水東脚本の2012年版は終盤のアニメオリジナル描写が結末の伏線になりつつ意外性を増していて良かったが、今回はオプション的な秘密道具で部屋を好き勝手に改造する描写を足しただけ。
巨大な地下茎の空洞がそのまま子供たちの秘密基地になる面白味がなくなり、最近もアニメオリジナルで映像化*2された「ポップ地下室」等の違う秘密道具と前半の楽しさが変わらなくなってしまった。
せめて秘密道具でも地下茎っぽさを消さないように、照明はヒカリゴケを引用したり、キノコのような菌類で家具をつくったり、昆虫を利用したり、といったアレンジにしてほしかった。


「円ピツで大金持ち」は、2018年にアニメ化されたエピソードを再放送。
hokke-ookami.hatenablog.com
同じ年始SPの「神さまロボットに愛の手を!」も再放送されたばかりだし、もう少し選定に工夫を感じさせてほしい。

長崎では保守派が日本の加害を否認し、被爆者こそが南京事件の記憶を求めている

長崎原爆資料館の展示物が攻撃されている件について、両論併記するかたちで共同通信がつたえていた。
this.kiji.is

市は昨年12月に開いた「長崎原爆資料館運営審議会」で南京大虐殺の表記を議題に挙げ、被爆者や市議、公募の市民ら19人の委員に意見交換を求めた。そのまま維持するべきだと訴える被爆者と、虐殺は事実無根として変更を主張する保守系団体の代表が発言し、議論は平行線をたどった。

保守派が勢いづいた背景として、日本という国家全体の問題があることも指摘されている。

市が態度を変えた背景には文部科学省の検定教科書の表記変更がある。原爆資料館の展示内容は検定教科書に準拠しており、96年4月の開館当時に使用されていた中学社会科の教科書(92年検定)では8社中、少なくとも6社が「南京大虐殺」「ナンキン大虐殺」などと表記。一方、現行の教科書(15年検定)で同様の表記は2社にとどまり、「南京事件」や「南京攻略」などとする出版社が増えた。

ピースおおさかが大阪維新の会などの攻撃により、展示物の撤去にいたった前例も言及されている。

戦争博物館「大阪国際平和センター」(大阪市)が15年の改装の際、大阪維新の会自民党の府市議らに「自虐史観」と批判された南京大虐殺朝鮮人強制連行などの関連資料を撤去した。

大阪では対立している維新と自民党の意見が一致したあたり、両党の性格をよく表している。表現の自由言論の自由を重視する立場なら、けして維新の会や自民党を支持してはならないことが痛感される。


何より印象深いのは、被爆者こそが日本の加害を歴史として記憶しようとしていることだ。
広島の被爆者であった詩人の栗原貞子氏は、「ヒロシマというとき」という詩を遺した。世界に原爆の被害を訴えた時、返ってくる怒りを受け止める覚悟に満ちた内容だ。
https://home.hiroshima-u.ac.jp/bngkkn/database/KURIHARA/hiroshimatoiutoki.html
今回の長崎においても、被爆者や支えようとする人々こそが、日本の加害を直視しようとしている。

「日本に植民地化されていたアジアの人々にとっては、原爆投下で自分たちが解放されたと考える人も多い」と指摘するのは、旧日本軍の加害行為に焦点を当てた展示の「岡まさはる記念 長崎平和資料館」(長崎市)の崎山昇事務局長(61)。過去に韓国やマレーシアで原爆展を開こうとした際に現地の住民から抗議が出たケースもあると紹介し「日本人として過去の行為と真摯に向き合わなければ、被爆地から核兵器廃絶を叫んでも相手にされない」と訴えた。


崎山氏の指摘で思い出されるのが、社会学者の古谷有希子氏が同じような指摘をツイッターでおこない、難癖としか思えない攻撃をされた件だ。
hokke-ookami.hatenablog.com
南京虐殺慰安婦強要をした日本への原爆投下には正当性があった、と古谷氏のツイートが読解され、民間人虐殺を正当化しているという非難がされていた。
もちろん実際のツイートを読めば、そもそも古谷氏は正当化などしていなかった。

古谷氏の発言を見れば、「同等に低劣であるなら、正当性が無い日本の残虐行為の方が酷い」と、どちらも否定しつつの相対評価であって、原爆そのものを正当化する意図がないことは明らかだ。

直前のやりとりを見れば、古谷氏のいう「正当化」が米国や韓国でそう認識されているという文脈ということがわかる。

韓国や米国では、日本で繰り返し強調されるような「広島長崎の原爆の悲惨さ」「被爆者の苦悩」は両国では全く理解されていません。原爆は正当化されているのです。我々にできるのはせめてもの理解を求めることであり「被爆者の気持ち考えろ」と批判することではないのです。

それでも絶対評価として戦争や虐殺を否定するために古谷氏を批判するならばわかるが、南京事件などに対して「そもそも悪の定義とは?」と主張する立場から批判しても虚しいだけだ。

ただひとつだけ古谷氏のツイートに補足すべきところがあったかもしれない。
むしろ「被爆者の気持ち」を考えればこそ、原爆投下にいたらしめた日本の歴史を直視しなければならない。
それに被爆者の多くは、被害を受けた当時に国家のゆくすえを選択できた立場でもない。民主主義で育った私たちこそが背負うべき問題だ。

『相棒 Season18』第20話 ディープフェイク・エクスペリメント

推理力減退症候群を疑われる杉下は、AIを使った映像偽造技術「ディープフェイク」について語る。それが公安をまきこむ殺人事件につかわれたというのだが……


テレビ朝日開局60周年記念 最終回スペシャル」と題していたが、良くも悪くもいつもの最終回2時間SP。
若くして特任准教授となったAI研究開発者という設定に、いやおうなく東京大学から懲戒解雇された人物を思い出す。スピード感のある時事ネタではある。
www.asahi.com
しかし映像を偽造する技術があった研究者が、そのまま性交現場や痴話喧嘩を偽造していたというのが真相で、なおかつ殺人の真犯人だったことには落胆した。
AI技術による偽造は同等以上のAI技術でなければ見破ることができないという特殊条件ミステリ*1になるかと少し期待したが、何のひねりもなかった。
亀山薫や神戸尊を始めとした過去のレギュラーが台詞で言及されたりと、シリーズファンへの目配せは多かったものの、それが本筋と深く結びつくわけでもない。


特命係の新たな居場所が用意され、次シーズンへの準備はすませられたが、花の里にかわる魅力は感じられなかった。ちょっと開店にたちあったくらいで、女主人のキャラクターも茶目っ気があることくらいしかわからない。
これならまだ前々回*2に再登場したゲイバーのほうが刺激的だろうし、現在なら酒をくみかわすより喫茶店でも良いのではないかと思うのだが……

*1:魔法が実在する世界で、その世界の魔法の法則にしたがって謎を解いていくタイプのミステリ。一時期の西澤保彦作品が代表。

*2:hokke-ookami.hatenablog.com